2011.7.10 Nara 富雄川

奈良盆地の北西部を自転車でのんびり走ってみました。近鉄大和西大寺駅でレンタサイクルを借りて、平城京跡から秋篠川を下ります。薬師寺から西に向かい、小高い丘を越えると、富雄川水系に入ります。法隆寺を右に見ながら富雄川を下ると、大和川と合流します。引き続き法隆寺を右に見ながら大和川を下り、王寺を過ぎ、三郷のあたりまで到達。このあたりで時間切れとなり、自転車を法隆寺の近くのタクシー会社に返却し、電車で帰りました。自転車の乗り捨て料金は無料。

Camera: Sony NEX-3
ULTRASTIGMAT F:1.9 SER.I 50mm GUNDLACH-MANHATTAN OPT.CO. ROCHESTER.N.Y
















F=1.9 - 5.6

NEX-3にもだいぶ慣れてきました。特に自転車の場合は軽いので助かります。
今回驚いたのは、全ての河川が人工河川であることです。もしこれが飛鳥時代に行われた土木工事だとすると、当時の世界最先端だったのではないかと思いました。富雄川は非常に高い位置に移し替えられたようで、水田に容易に水を供給できます。大和川は水田よりわずかに低い位置にあって、容易に排水ができます。大和川の支流が一本決壊しただけでも、広大な水田が被害を受けますから、全ての人工河川を完璧に管理しないかぎり、米の収穫は期待できません。

以前訪れたカリフォルニア州のサクラメントの干拓地を思い出しました。沼地に高さ20mほどの堤防を築き、人工的な湖と川を作り、干上がった土地が広大なトウモロコシ畑になっています。乾燥した気候ですから、排水などしなくとも、カラカラに乾きます。必要に応じて、川から水を入れれば良いだけです。ゴールドラッシュの後のカリフォルニアの大事業であったと思われます。多分、アジアからの大勢の移民が干拓事業に従事したはずです。夢のカリフォルニアですね。

飛鳥時代は奈良は夢のカリフォルニアだったのかもしれません。大陸や朝鮮半島から成功を夢見る移民がやってきて、奈良盆地全体の干拓水田化という壮大な事業を成し遂げた。富雄川改修完成記念が法隆寺で、奈良盆地全体の水田化完成記念が平城京だったのかもしれません。そして、古事記と日本書紀は、その工事記録。