2011.5.1 Heijo-kyo Capital 平城京から木津川へ

Camera: EOS 5D
Hugo Meyer & Co-Gorlitz Nr.503313 Plasmat f:1.5 F=7.5cm DRP Dr. Rudolph

大津市南部の田上山は太古の昔、檜の巨木に覆われていました。 しかし、藤原京、平城京、石山寺などの造営のために伐採され、江戸時代にはハゲ山になったそうです。 現在でも遠くから花崗岩の岩肌が見える変わった山です。 田上山の檜材は、大戸川、瀬田川、宇治川下り小椋池に着きます。ここからは木津川を遡上し、平城京のあたりで奈良盆地に入ったものと思われます。 地図上では木津川から平城京まで標高差わずか40mを引き上げればいいので、割と簡単に思えます。

ここから藤原京まで檜の巨木を陸路で運ぶのは多分無理です。やはり再び筏を組んで佐保川を下り、飛鳥川を遡ったものと思われます。 しかし現在の飛鳥川はあまりにも浅く、全く使えそうにありません。やはり藤原京造営当時は飛鳥川に十分は水量があったと考えた方が自然です。 次第に水量が減る飛鳥川、労役を担う民の不満が高まります。藤原不比等はやむをえず都の建設地を地元の藤原京から、 木津川に近い平城京に変更したのかもしれません。

今回は、大和西大寺駅で自転車を借り、平城宮跡から歌姫街道を北上し、木津川を目指しました。






平城宮跡では古風な衣装の方が大勢おられました。衣装を貸してもらえるのだそうです。いつ来たのだと聞くと、1300年前からいる、とのことでした。


ほとんど平坦な歌姫街道を北上します。わずか1km程で、木津川への下り坂になります。



2kmほど下ると、京奈和自動車道が見えます。この先の鹿川と山松川の合流地点があります。ここから木津川までは後わずかですが、時間の関係で引き返すことにします。


山松川から平城宮跡方面を見たところ、この低い丘を越えれば奈良です。細い川ではありますが、無理やり鹿川と山松川を遡り、皿池か五領池に貯木場を設けたとすると、後は距離3km、標高差40m。



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