2011.4.2 Yoshino-guchi 奈良・吉野口方面

Camera: EOS 5D
Hugo Meyer & Co-Gorlitz Nr.503313 Plasmat f:1.5 F=7.5cm DRP Dr. Rudolph

奈良盆地は、南ほど古い時代に遡るような気がします。今回は飛鳥で自転車を借りて、吉野口方面から五條を目指します。その後御所を経て飛鳥に戻る予定。しかし、途中で大穴持神社で時間を食ってしまったため、五條には到達できず。途中の重阪で一旦引き返し、一旦吉野口の手前まで戻って、再び御所に向かうことになりました。地図を全く見ていなかったので、地形を勘違いしていました。後で地図を見ると、重阪から五條まではわずか5kmほどですし、大穴持神社の所から御所に抜けられるようですので失敗でした。とはいえ、このあたりの地形はだいたい把握することができましたので、十分目的は達成できました。


市尾駅はYahooで路線を調べる時、「市ヶ尾」と入力すると、「市尾」駅が候補に出てきますので気になっていました。




大穴持(おおなもち)命は、出雲大社の祭られている大国主命の別名です。「穴」というのは鉄鉱石を掘る穴で、大穴持は製鉄神だとの説があり、私も賛成しています。しかし、最近では「穴」には瀬戸内海という意味もあるのではないかと思うようになりました。大国主の国は古代瀬戸内海帝国であり、瀬戸内海は「穴」だったわけです。出雲大社に祭られているのも、瀬戸内海帝国を朝鮮半島東岸からの侵略に対する防衛という意味ではないかと。







F=2.0, Right: Pixel crop
このあたりは古くは秋津州と呼ばれましたが、秋津州(蜻嶋)は大和の国の枕詞でもあります。天の香具山にある舒明天皇の歌碑が大変印象に残っています。

山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山
 やまとには むらやまあれど とりよろふ あめのかぐやま

 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍
 のぼりたち くにみをすれば くにはらは けぶりたちたつ

 海原波 加萬目立多都 怜國曽 蜻嶋
 うなはらは かまめたちたつ うましくにそ あきづしま

 八間跡能國者
 やまとのくには

( http://www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/parts/49.htm より引用)
歌碑の写真: http://www.ksmt.com/panorama/100809yamato/100809yamato.htm

固有名詞の漢字はすべて当て字と考えて良いでしょう。音が似ている漢字のなかから、意味が合いそうな漢字を適当に当てたと考えられます。すなわち、「あきづしま」という音があって、トンボ(あきづ)が多いから蜻蛉という字を当てたり、秋になると港から船で米を積み出すので秋津州という漢字を当てたのだと思われます。漢字が伝来した時点の奈良盆地南部の様子を正確に表していると考えると、ここは瀬戸内海帝国の食糧を支える穀倉地帯であったと思います。

「やまと」がどんな国であったかも想像できます。「山常」は山が多い国のことであり、「八間跡」はヤマタノオロチ(多分水害のこと)を克服した跡にできた水田のことであり、「大和」(大倭)は多分対立していた諸国の王が和解してできた連立政権のことを表すのかもしれません。

それにしても、日本は全国的に山が多いのでわざわざ「山常」ということもないですし、日本は海で外敵から守られていますので「大和」(大倭)連立政権を組む必要もありません。ひょっとしたら、中国大陸平野部に比べて「山常」なのであり、海を越えて襲来する外敵に備えるため「大和」という大連立を組む必要があったのかもしれません。