電力の歴史 値上げ

昭和26年、九電力会社がスタート。政府は昭和28年までの二年間の電力需要増加を3%を想定し、2521億円の資金を投じて96万8千キロワットの電力開発を行う方針を打ち出す。しかし、松永は増加率を8%に想定し、7848億円を投じ722万キロワットの電力開発を行う案を提示。松永はまず日銀総裁の一万田尚登を説得。3%では日本の経済復興は期待できない。米国で電源開発資金について話し合う時には8%を主張してほしいと依頼。

問題は九電力会社の資金力。渇水問題と石炭の入手困難で停電対策に追われていた九電力会社には金がなかった。松永はまたしても政府、国会、消費者、産業界と真っ向から闘う。適正原価にもとづく採算可能な電気料金の算出を電力各社に要求。この結果、値上げ率は平均76%。これに対し、庶民もメディアも一斉に猛反発。GHQも困惑し、値上げ幅を30%に下げて昭和26年8月に値上げ実施。翌昭和27年5月に再度平均28.8%の値上げ。

日本の産業も消費者も、結局大幅な値上げを消化することができ、電力会社の財政好転。高度経済成長による電力需要の激増に対応でき、日本の経済の発展を支えた。