『文士の肖像110人』感想

『文士の肖像110人 [大型本] [1990] 朝日新聞社; 木村伊兵衛; 林忠彦; 浜谷浩; 秋山庄太郎;  土門拳』

この写真集をひととおり眺めてみたところ、写真から時代背景が透けて見えるように感じました。ただ文士の顔と居室の様子が少し写っているだけなのですが、それだけで当時の様子が分かります。一枚の写真では分かりませんが、110枚写真があるので分かるのです。

五人の写真家が撮影した写真が混ざっていますが、秋山庄太郎の写真だけは字を読まなくても分かります。顔だけのクローズアップ、レンブラントライト一灯でスタジオで撮影した写真ばかりです。他の写真が昭和30年以前であるのに対し、秋山庄太郎の写真は昭和47年頃です。昭和30年以前には嫌がる文士の家に押しかけて、おだてながら自然光で撮影するしかなかったようです。昭和47年頃になると、文士は喜んでスタジオに来てくれるようになったようです。本を売るためには文士は進んで顔を晒さねばならない状態になったと思われます。

木村伊兵衛と濱屋浩の写真はライカで撮影されたようです。林忠彦の写真も35mmで撮られたような感じです。室内の暗い条件でフラッシュなして撮影されたようで、粒子が荒くあまりシャープではありません。多分これが当時の流行りだったんだと思います。特に濱屋浩の写真は雑誌の印刷を考慮してか、線が太くてコントラストの高いプリントになっています。

土門拳の写真のうちの2枚(斎藤茂吉と辰野隆)は、大判カメラでアオって撮影されています。気難しい文士の家で三脚を据えて、奥の顔と手前の原稿に両方ピントを合わせる勇気があったようです。

それと、濱谷浩の幼馴染の桑原甲子雄の文章が面白かったです。「第二次大戦が終わったあと、日本敗戦で東京は混乱の極にあった(中略)写真家の数がきわめて少なかったこともあるが、(以下略)」。今は誰でもいつでもスマホで写真が撮れる時代ですので、当時とは全く事情が違いますね。

結局、写真家の意思とは無関係に、写真の背後にある時代背景が嫌でも写真に写りこんでしまうということのようです。(敬称略)