History of Planar lens

Camera: Canon EOS 5D Mark II
Lens: Carl Zeiss Jena Planar 1:3,6 F=110mm D.R.P. 92313 Serie Ia No 36606 (1899)

リンホフやローライフレックスやコンタックスやハッセルブラッドのレンズの名前として使われたプラナーは非常に高級感があります。しかし、これはツアイスの明るめのレンズに付けられたブランド名であり、レンズの型を表すものではありません。

プラナーという名前は「平らな」という意味であり、少量ではありますが、ツアイス以外にも存在します。

1896年頃、アナスティグマットI類F4.5の改良をあきらめたパウル・ルドルフは、後継機種にダブルガウス型を選び、開発を進めます。開発されたレンズはIa類プラナーと命名。ツアイスの出荷台帳に最初に登場するのは1897年5月22日 F4.5 19mmと記載されています。次に記載されているのは1897年10月 F4.5 20mm Camera: Zeiss Mipho。このカメラが何かは分かりませんが、焦点距離から近接撮影用だと思われます。そのあとPlanarは台帳にはほとんど記載されておらず、1892年12月に記載されたF3.6 83mmが最初の写真撮影用レンズだと思います。ところが、この頃のPlanarは中古市場で時々見かけます。多分、Planarの出荷台帳がほとんど失われているためだと思います。

私の持っているNo 36606も台帳には記載されていません。前後の番号から推測すると、1899年5月に製造されたものと思います。

このPlanar 3.6はあまり評判が良くなかったようで、翌1900年にはUnarが開発され、ツアイス傘下のカメラメーカーであるパルモスに供給されます。二年後の1902年にはTessarの出荷が始まります。Planar 3.6も細々と生産が続きますが、カメラとセット販売されたTessarに主役を譲ります。

この頃のPlanarの使用目的は半分が一般撮影用で、半分が複写用だったと思われます。Planar F3.6, F3.8, F4などは写真撮影用。Planar 4.5は一部が写真撮影用で一部が複写用だと思われますが、詳しいことは分かりません。F6.3~F12.5のApo-Planarは複写専用。

S-Planarというのは新しい名前のようで、戦前には見当たりません。S-TessarやS-Sonnarは戦前にも存在するので、戦後になってPlanarのブランドイメージを複写用またはマクロ用のレンズにも使って販売促進を行ったものと思われます。

下の写真は1899年に製造されたPlanar Ia F3.6 110mmの写真です。EOS 5D Mark IIで撮影したにも関わらす、左右の人の顔はボケています。特にレンズに異常はありませんので、これで設計通りだと思うのですが、同時期のPlanarの作例が少なく、確かなことは分かりません。

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「History of Planar lens」への2件のフィードバック

  1. F3.6, F3.8, F4.0のPlanarは同じ設計だと言われていますが、私の3.6/110と4/205は相当写りが違います。Planarは分からないことだらけですね。

  2. 110mmという焦点距離を考えると35mmよりは大きいフォーマットのカメラ向けだと思いますが、ピントの合う範囲がこんなに狭くては解放では使い物にならなかったと想像できます。
    しかし、F4.5では複写用だと言うのですから、F3.6は設計的に相当無理をしているのだと考えざるを得ません。
    もしくは、1900年以降に設計変更されて描写が劇的に改善されたと言うことでしょうか。
    古いレンズを集める楽しみがそんな疑問を持ったり、時にはその解答が導き出せることだと思います。
    F3.6プラナーの謎もいつか解き明かされると期待します。

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